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  校長室通信                    新庄中学校校長:笹原啓一

 第39号〜2014/03/12〜
 この1年間で様々経験し考えてきたこと、最後に受験という大きなものにぶつかったことを通して、3年生が少し人間的に成長してきた感じがしています。新庄中では12月頃から、「賢い子」を育てることを大切にしようとしてきたのですが、年度の最後で3年生がちょっとだけでも成長したなと感じることができたのは、うれしいことです。
 受験のための面接練習で何人かの生徒と話をすることができました。生徒たちの内面から出る話、考えを聞くことができ、成長を感じることができて楽しかったです。普段の会話でも、こちらに気を使ってくれていることがわかることが多く、ちょっぴり大人になってきたように思います。
 公立高校入試の結果がいいものになるよう願っています。
○に近い△を生きる                                            
 「いじめに関するアンケート」へのご協力ありがとうございました。今回の調査は、県教育委員会からの指示で1年・2年を対象としたものでしたが、保護者の方が書かれたもの、生徒が書いたものを通して、生徒から聞き取りなどを行っています。今のところ、大きないじめ問題は出てきていませんが、いやな思いをしている子、いやな思いをさせていることに気づかない子がいますので、指導とケアを続けていきたいと考えています。保護者の方の中には、「本当は書きたくないんだけれど・・・」という思いを持ちながら、こういうことがあるよと教えて下さった方もおられるように思います。保護者の方々の思いをしっかり受け止めたいと考えています。
 子どもの社会だけでなく、大人の社会でも「いじめ」はあります。時々、社会の縮図に学校がなっているように思うときがあります。
 「いじめ」が昔はなかったのかというとそうではなく、昔もけっこうありました。それはたぶん保護者の方も同じ思いなのではないでしょうか。例えば、私は沼田小出身なので、新庄中に進んだとき、新庄小出身の友だちからいろいろいやなことを言われたり、されたりしたことを今でも覚えています。同時に私自身も、立場の弱い子にいやなことをしていました。
 どうしたらそのような人を傷つけたりすることが少なくなるのか、これまでお伝えしてきたことの繰り返しになりますが、まとめてみました。

@ 人と人との良いつながりをつくる。
 生徒に関していえば、グループ学習などを通して、お互いに支え合う関係づくりを進めていきたいと考えています。新庄中では、生徒どうしのつながりをとても大事にしています。生徒たちの中には、「わからないから教えて」と言えない子も少なくありません。そういう子が、少しずつ「わからない」と言える強さを持った子に育ってほしいと思っています。そういう「わからない」と言えない子のまわりの子たちは、けっこうその子のことを心配している子も多いように思います。「ここわからない」と言った子に対して、他の子たちが一生懸命教えている姿をたくさん見てきました。そういう姿をみると本当にほっとします。
 そのようなことを通して、自分が困ったとき他の人に助けを求めることができたり、相手のことを察することができたりする人が育って欲しいと願っています。
 これは、子どもだけに限りません。今の社会は、どんどん人と人との良いつながりが切れてきているように思います。かなり難しい社会、厳しい社会になってきています。私たち大人は、まず自分の身の回りから、他の人との良いつながりが生まれるよう努力する必要があると思います。
A 賢い人になる。
 廊下ですれ違ったときに、「うざい」とか「きもい」とかをつぶやく子がいるようです。人にいやなことを言ってしまっていても、そういうことをしていることに気づかない子もいます。
 それらの子たちに共通しているのは、賢くないというところです。話をしてみると幼いなとよく思います。気持ちは決してわるい子ではありません。でも幼さが、その子の人間としての成長を阻んでいるように思います。
 12月頃から新庄中では、「賢い子を育てる」ために、もっとレベルの高いことをしようとしています。さまざまな経験をさせようともしています。前にも紹介しましたが、2月15日に行われた「最上地区ヤングボランティア交流会」に生徒会役員の子たちが参加しています。地域づくりについて考えたり、高校生に混じって活動することで、いろいろ考えることがあったのではないかと思います。
 「新庄中を温かい学校にしたい」という目標を達成するには、この「賢い子」が増えるというのは欠かせないことだと考えています。
 新庄中の職員には、「大人である私たちが賢くなりましょう。生徒の手本となるような大人になりましょう。」ということを話しました。子どもたちの手本は、まず親であり教職員だと思います。

 「○に近い△を生きる」というのは、鎌田實先生が書かれた本のタイトルです。序文の一部ですが紹介します。
 いい子と悪い子。勝ちと負け。ぼく達は勝手にそれに○と×をつけてきた。○と×のレッテルを貼る生き方はお手軽だ。ぼく達はレッテルを貼るのが好きな動物。勝ちが○で負けが×、本当だろうか。子育てに苦労しているお父さん、お母さん、気づいてほしい。勝ちのような負けがあったり、負けのような勝ちがあったりすることを。「現実」は、「正解」を超えている。
 ○と×の発想法は堅苦しくて不自由でおもしろみがない。○と×の間にある無数の△=「別解」に、限りない自由や魅力を感じる。○に近い△の生き方は、柔らかな生き方だ。このことを理解できない人は、なにをしても成功しないだろう。組織の中で潰されそうなあなたに、無数の△の生き方があることに気づいてほしい。
 「正解」や「正論」にこだわらなくなると、考え方が自由になることを、若い人に気づいてほしい。「正解」に囚われないと、多様な価値観がわかってくるようになる。他の人の生き方に共感したり、拍手を送ることもできるようになる。相手を汚い言葉でののしるヘイト・スピーチは、下品だと気づくだろう。唯一の「正解」を信じる生き方は、時代遅れで窮屈だ。生きるということは、たくさんの△の中で、「別解」を探していくということ。○に近い△を生きるということは、「別解力」をつけるということだ。
 このような「別解力」を身につけた人が、賢い人なのだと思います。子どもたちも私たち大人も、このような賢さを身につけたいものだと思います。そのような賢さを身につけた人が増えることが、「いじめ」の問題を解く大きな手がかりだと思っています。
 第38号〜2014/03/10〜
 2年生の子たちが、グランドの雪ほりをしてくれています。暖かくなって春が近いなと思うとまた冬がぶりかえしたりしていますが、生徒たちが掘ってくれた穴が雪を早く消してくれるのではないかと期待しています。
 3月6日に、FM山形「Be★らぼ」の取材がありました。山形大学の栗山先生による理科の授業(2年C組の子たちが受けました)の後、2年生の子たちとFM山形の大屋アナウンサーによる学校紹介の録音が行われています。理科の授業では、サインペンの色の分析を行っています。生徒たちは楽しそうに実験を行っていました。学校紹介の録音は校長室で行われましたが、どんな会話がなされたかはよくわかりません。楽しそうにインタビューに答えていたように思います。
 生徒たちに聞くと、ラジオを見たことがないという人が多数いました。確かにラジオは家からなくなってきているようです。放送日は、4月4日(金)の午後9時からで、FM山形の新庄の周波数は78.2MHzです。ラジオ等が準備できるようでしたら、ぜひお聞きいただければと思います。
 なお、放送音源を送って下さるということでしたので、届いたら生徒たちに聞かせようかと思っています。
学校保健委員会                                            
 3月7日、学校医の山科先生、学校薬剤師の田澤先生、PTA役員の方々、2年生の保健委員、教職員で学校保健委員会を行いました。
 生徒保健委員会の活動報告、食生活のアンケートの結果報告の後、山科先生から「生活習慣の改善〜食生活を見直そう〜」というテーマで講話をいただいています。さらにそれらを受けて、参加者がグループになって、「しっかり朝食を食べてくるにはどうしたら良いか」について知恵を出し合いました。
 うれしかったのは、保健委員の生徒の活躍です。普段どんなところが危険箇所になっているかなどの調べたことをわかりやすく説明していましたし、報告のまとめとして、「支え合う、温かい新庄中を目指す」ということを伝えてくれました。そういう学校を創りたいと願っている私にとって、とてもうれしい発表内容でした。
 委員長の田中さんをはじめ、委員の生徒たち、準備・運営ご苦労様でした。副委員長の井上君のあいさつもとても立派で良かったです。PTA役員の方々には、遅くまで参加いただきましたこと、感謝申し上げます。
あいさつ運動参加に感謝
 3月3日を最後に、今年度のあいさつ運動が終わりました。毎回たくさんの保護者の方に参加いただき、誠にありがとうございました。特に2年生の保護者のみなさんには、寒い中ご参加いただき、ご難儀をおかけしました。
 あいさつ運動やちょボラなどに参加いただければ、なんとなく学校の雰囲気がわかる時もあるのではないかと思います。保護者の方どうしが顔見知りになったりすることもありますし、心配されていることを職員に伝えることもできると考えております。ぜひ来年も様々な機会に来校いただければ幸いです。

 第37号〜2014/02/25〜
 2月19日(水)に、新庄小学校の運営委員の子たちと、新庄中の愛修会の子たちが一緒になって、「いじめ問題」について、自分たちで何ができるかを話し合いました。人にいやなことを言われたりされたりしたら、そのことを紙に書いて箱に入れてもらい、自分たちでみんなに呼びかけてはどうかなど、アイデアを様々出しています。こうやって、小中の子どもたちが、情報交換をしたり、一緒に何かをしようとするのは、とてもいいことだと思っています。
 2回目の、愛修会役員と先生たち(校長、教頭、事務総括、愛修会担当)との昼食会も行いました。役員の子たちの考えていることややっていることがよくわかる貴重な機会だと思っています。生徒たちが自分たちの手で新庄中をさらによくしていこうとしているのが感じられ、心強く思います。
深く考え、生きる人に                                            
 3月19日、1年生の総合的な学習の時間に、最上町在住の三部義道氏に「世界に目を向けよう」という内容で話をしていただきました。三部義道氏は、国際ボランティア、国内ボランティアなどを多数経験されてきた方です。昨年、新庄中の「いのちの日」でも講話をいただきました。
 三部氏が見てきた外国の様子、アフガニスタンやカンボジアなどの困窮の中で暮らしている人々の様子などを教えていただきました。その中で、大きなことを2つ教えていただいたと思います。
 一つ目は、物をたくさんもっているからと言って幸せだとは限らない、自分の物を他の人に与えることができる人が幸せな人だということです。この時は、難民キャンプの幼い子が、お腹をすかせた他の子に、自分のおかゆを分け与えている写真を見せてお話ししてくれました。生徒たちがたいへん感動したようです。
 二つ目は、昨年の「いのちの日」でもお話しされたことですが、「私たちには、命の所有権はないが、命の使用権はある。」ということです。どんな意味かというと、私たちはいつ死ぬかわからないが、私たちの命をどう使うかは私たち自身が決めることができる。私たちの命を、「他の人のために使う」のか、「人を傷つけるために使う」のかは、私たち次第だということです。
 生徒の考えたことや感想には、ハッとさせられる文章がたくさんありました。一部ですが紹介します。
 この前本で読んだけれど、子どもが売られていたりする現実は本当にこわいと思いました。物やお金がなかったら、人を傷つけるということに走るのかと思いました。人間なのに、人間らしくない扱いをされるのは、見たり、聞いたりしていて、切ない感じがしました。環境問題が、わたしたちの生命ともつながっているのかなと思いました。でも、私たちは、環境問題に関わる、二酸化炭素を排出したり、木を切ったりしていて、ちゃんと後のことも考えてやらないといけないことがわかりました。
 私たちは、本当に恵まれているんだなと改めて感じました。食べ物を分け与えている姿を見ていると、なんて私たちって小さいんだと本当に心の底から思いました。それでも生きる子どもたちの勇気や気持ちはすごいなと思いました。わたしも、負けずに気持ちをもって頑張りたいと思います。本当の幸せを、今日学べた気がしました。やはり、気持ちだなと思いました。
 三部さんのお話を聞いて思ったことは、外国では私たちのありえないと思うことがたくさん起こっているということがわかりました。最初聞いたときは、「えっ・・・」と思ったことがありました。人身売買というのは、自分のすべてをうばっていくことだと思ったし、自由を奪われているということを聞いて、同じ人間としてもショックで、あってはいけない、絶対にあってはいけないと思います。でも、今日も、明日も明後日も、死を待っていて、いつ死ぬかわからない人々が外国にはいるとわかり、かなりショックで、私はありえないと思いました。
 子どもの写真を見て思ったことは、女の子はとても賢く、この国にふさわしい人だと思いました。私も、その女の子のように、分け合うことを大切にし、心がきれいな人になりたいと思ったし、賢い人になりたいと思いました。
 子どもを売る親なんてありえないと思っていたけど、なんらかの事情でとっても考えて出した決断であるというのがわかって、自分の思っていたことがみじめだと思いました。
 所有権と使用権のお話を聞いて、所有権は、親から生まれてきたから、いつ死ぬかはわからないということがよくわかったし、使用権は、自分の命をどう使うかは自由なんだなあということがよくわかりました。
 これから私たちは、分け合うことを大切にしていくということと、人はみんな同じということをあらためて考えてほしいです。(自分もです)
 今の日本は、他の国とくらべてとても裕福で、便利で幸せな生活を送っているんだなとあらためて思いました。山に木が一本もないこと、子どもが人身売買で売り買いされて、買われた人にいいように利用されていること、一人あたりの持ち物が8種類ぐらいと、とてもすくない所もあること、トイレが一個しかない村があるということ、今の日本には考えられない事実ばかりです。
 三部さんが言っていた、「50年前は蛇口をひねればお湯が出るなんて考えられないことだった。」という言葉には、とてもびっくりしました。50年間でこんなに変わるんだと思いました。50年前に限ったことではないのですが、よくよく考えてみれば、スイッチを押せば電気がつく、蛇口をひねれば水が出るというのは、とてもすごいことだと思います。でもあまりにもこの生活に慣れすぎたために、感謝の気持ち、ありがたみを忘れていました。ぼくは三部さんの話を聞いて、他の国では恵まれない環境の中でがんばっている人々がたくさんいるのを知って、自分はとっても幸せなんだなと思いました。
 これからも、この話を忘れないように心の片隅に置いといて、感謝の心をなるべく忘れないようにしていきたいです。それと、地球温暖化も進んできているので、環境にもやさしいことをできればしていきたいと思っています。
 人に何かを与えることのできる人が豊かな人、何かをもらう人が、幸せな人だとよくわかった。そう考えることができる三部さんが、本当に賢い人だと思う。
 住職さんだけど、延長線上に環境のことや、他の国のこともあるんだと思って感心した。
 アメリカなど、大きな国だったり、裕福な国のうしろには経済格差などがあって、ちゃんとした生活や、当たり前になっている生活ができない人は、たくさんいるんだと思うと申し訳なく、そういう人たちなんかどうでもいいと思っている人たちをとても悲しく思う。
 募金などをしても、ちゃんと届くのか心配だし、それを物に変える技術もまだないから、いくらお金があっても足りないし、生活が変わることもないと思う。
 それに比べて、日本や他の国は、今ある生活が当たり前だと思っていて、温暖化の危機や、いつ日本がそうなるかなんて想像もしていないと思う。だからいつまでたっても、世界や地球は悪くなる一方で、前に進まないんだと思う。水そうのように、一部だけでも(悪くなると)、それが水そう全体につながっていくと思うと、すごく怖くなる。地球温暖化を止めるためには、みんなが本気になって動かなければいけないと、強く思いました。

 このような他の人のことを思いやったり、自分自身のことを顧みるような教育を進めていきたいと思います。ご協力のほどよろしくお願いいたします。
 第36号〜2014/02/17〜
 2月15日(土)、最上地区ヤングボランティア交流会に、新庄中から、幅野君、佐藤さん、丹君、石川さん、川上君が参加しました。これは高校生ボランティアの交流会なのですが、教育事務所と新庄市教育委員会からできたら中学生も参加いただければという依頼があり、生徒たちに伝えたところ、5名の生徒の参加となったものです。他にも参加希望の子たちがいたのですが、都合で参加できませんでした。日新中からも2名参加していました。新中の生徒が参加した動機は、「ボランティアということについてもう一度よく考えたい。」等だったようです。
 交流会の内容が「地域づくり」ということだったので、中学生のうちからそういうことに関心を持たせたいと思いましたし、高校生の中で一緒に活動することは背伸びする(成長する)いい機会になるのではないかと思っていました。これからも、中学生ではちょっと難しいかなと思えるようなことにチャレンジさせる機会を増やしていきたいと考えています。そういうことを経験することで、「賢い子」が増えていき、温かい学校ができてくると思っています。
 愛修会の子たちが、「こうすると新庄中が良くなるのではないか。」ということを、少しずつ自分たちで考え、実行しようとしてきています。楽しみです。
いのちの絵本ポップ展から                                            
 図書室前に、本の紹介(ポップ)が貼られています。いずれも、読んでいてあきない、紹介された絵本を読んでみたいなと思わせる内容です。150枚ぐらい貼られているのですが、その中から3つほど紹介します。

[であえてほんとうによかった]
 二つに分かれた島にのこされた2人―。「ないんおじさん」と「メソメソ」の間に生まれた「友情のお話
[ヒロシマのいのちの水 水の大切さ]
 ヒロシマに住んでいる宇根利枝さんのお話。今から60年前に起きた戦争の中で、利枝さんが懸命に生きる様子をえがいています。ヒロシマに落とされた原爆が、たくさんの人々を苦しめました。今もヒロシマには、原爆のつめあとが残っています。ぜひ、この本を読んでみて下さい。
[百年の家]
 一件の古い家が自分史を語るように、1900年からの歳月を繙(ひもと)きます。静かにそこにある家は、人々が1日1日を紡いでいき、その月日の積み重ねが百年の歴史をつくるということを伝えます。

 
 このような内容を、一人一人の生徒が、字体を変え、イラストを入れ、さまざまな工夫をしながら作っています。一つ一つの作品(ポップ)が、いい感性をしているなあと感心しました。学校にいらしたとき、ぜひご覧ください。書いてある内容も、ポップ自体も、なかなかのものだと思います。
 第35号〜2014/02/03〜
 新聞でご覧になった方も多いでしょうが、1月20日に新庄中のJRC委員会の生徒たちが、雪かきが困難な高齢者のお家の雪かきボランティアをしてくれました。みんな一生懸命雪かきをやっていましたという報告をもらっています。 
 私の母が、「新庄中の生徒が雪かきをしてくれて、お家の方が喜んでいたそうだ。」と言っておりました。新庄中のボランティアが口コミで広がったのかなと、うれしく思いました。毎年のように豪雪が続き、除雪に困っている高齢者の方も多いかと思いますので、このようなボランティアは貴重だなと思います。
 愛修会を中心に、もっと地域のボランティアに参加できないかと考えるようになってきています。それもたいへん大切なのですが、さらに、地域づくりをどうするかにまで目を向けさせることができないかなと思っています。2月15日にある高校ボランティアとの交流会への参加を募ったところ、愛修会の役員から参加して学びたいという子が何人か出てきました。このようなことを通して、中学生の時から、「地域づくり」や「人との交流」ということに目を向けさせていきたいと考えています。
平成25年度卒業生が残す「新中仕草」
+け合う、―合う、×合う、÷合う
                                            
 今年の卒業生の残す新中仕草は、「[思いやり計算]+(たす)け合う、−(ゆずり)合う、×(かけ)合う、÷(わけ)合う」です。昨年の卒業生の残した「どこでも、だれにでも、あいさつし合う」に続く「新中仕草」になります。
 正直なところ、生徒たちに「新中仕草」の意味がよく理解されていないところがあります。元になっているのは、「江戸しぐさ」です。「江戸しぐさ」は、見知らぬ人であっても自分とつながっている、一緒に生きていきましょうという考えからでてきています。それが、「傘かしげ」(傘をもった人どうしが道を行きかうとき、傘から落ちるしずくが相手にかからないように、反対側に傘を傾ける)などの江戸仕草(行動様式)となりました。
 2年生や1年生には、もう一度趣旨を踏まえて、また「なぜ、『新中仕草』を残すのか。」も考えてもらった上で、「新中仕草」を考えていってほしいと思っています。また、自分たちが考えた仕草が、単に言葉だけで終わるのではなく、行動様式として定着するようにしていってほしいと思います。
 3年生が作ったこの新中仕草、愛修会で仕草の強化週間をつくり、実際にどのようなことができたかをアンケートで調べました。
 その結果を先日の集会で発表してくれています。
 「+(たす)け合う」・・・授業で教え合いができた。物を貸してあげた。
 「−(ゆずり)合う」・・・道をゆずった。物をゆずり合って使った。順番などを相手にゆずってあげた。
 「×(かけ)合う」・・・・3分間前行動で声をかけ合った。授業中に悩んでいる人に声をかけた。
 「÷(わけ)合う」・・・・授業中に知恵をわけ合った。考えをわけ合った。給食をわけ合った。
 
 卒業生の残す「新中仕草」を具体化するにはどうしたらいいだろうという疑問から生まれた、いい取り組みです。2年生、1年生の残す「新中仕草」を楽しみにしています。
 第34号〜2014/01/24〜
いじめ問題について                                            
 連日のように、天童市の中学校のいじめ問題が報道されています。お子さんのことを心配されている方も少なくないと考え、新庄中で現在行っていることなどをお知らせしたいと思います。
 
[方 針]
 「温かい学校」を創りたいということを、職員や生徒に伝えています。「温かい学校」とは、お互いに相手のことを気づかい、学校のどこに行っても温かな雰囲気のもとで生活できる学校です。
  学校は集団で生活をするところです。中学生は思春期の子どもたちでもあり、どうしても問題は出てきます。その多くは友だち関係によるものが多いのですが、この通信で何回かお知らせしたように、子どもはそのような問題を通して成長することが多いとも考えています。
  先日、愛修会役員の子たちと昼食会をして、役員の子たちが考えていることと先生たちが考えていることを出し合いました。その際に、
 「温かい学校」を創りたい、愛修会でもそれを頭に入れて活動して欲しいと伝えました。愛修会役員に立候補した子たちの中に、「クラスの中で弱い立場の人が自分の考えを言えるようにしたい。」と思っている子が複数います。そういう子たちの思いを大事にしたいと考えています。

[情報把握]
朝、私と教頭が校門に立ち挨拶をしていますが、努めて子どもたちの表情や仕草をみるようにしています。表情が暗い子は気になりますので、担任の先生にクラスでの様子を聞くようにしています。
(私と教頭が校門にいるのは、8時5分までです。その後朝の打ち合わせがあるため、遅く来る子とはあいさつすることができません。保護者の方から、お子さんがもう5分程度早く家を出るように声がけしていただけるとありがたいです。)
8時頃から、副担任の先生たちが昇降口で生徒を迎えます。また、担任は教室で生徒を迎えています。
朝読書の時に、校長、教頭、各主任、副担任の先生たちが教室を回っています。教室の雰囲気がわかります。
一日に一回程度、私が、各教室をまわるようにしています。廊下から授業の様子を見ることもありますし、教室の中に入って授業を見ることもあります。教室の中に入ったときは、できるだけ教室の前から一人一人の生徒の表情を見るようにしています。気になったことは、教科担任の先生や学級担任の先生に聞くようにしています。
月1回、「悩み事相談アンケート」をとっています。項目は次の通りです。
 1.自分のことで、なにか気になっていることはありますか?
 2.自分以外のことで、なにか気になっていることはありますか?
 3.上のことを聞いてもらうとしたら誰に聞いてもらいたいですか?
 4.あなたが今一番頑張っていることや頑張ろうとしていることを具体的に教えてください。
問題が起きた時は、必ず校長にそのことが伝わるようになっています。私は先生たちと比べるとどうしても出張回数が多いのですが、出張が終わったらほとんど学校に戻っています。したがって、私が不在の時に問題が起きたとしても、その日のうちにどんなことが起きたか、どのように対応したか等を聞くことができます。対応に足りないところがあれば、その日のうちに指示を出すようにしています。
この他、希望する生徒に、スクールカウンセラーの先生から教育相談をしてもらってもいます。カウンセラーの先生に様々なことを相談する生徒もいます。

[情報の共有]
昨年の後期から、生徒に起こったこと等を、パソコンを通して職員全員が把握できるようにしました。「今日、こういうことがあり、こんな対応をした。」ということがわかるようになっています。こうすることで、職員みんなが生徒のことを知ることができるよう、努力しています。
職員会議(月1回)で、心配される生徒について、全職員に必ず報告することにしています。
また、毎週、学年会議がありますが、その中で心配される生徒のことを話し合います。
この他、生徒のことで気になったことは随時職員室で話題にしています。私は、職員室で仕事をしていることが多いので、話題に出ていることは自然に耳に入ってきています。
(スクールカウンセラーの松崎先生が、職員室の雰囲気がとても良いと言ってくださいました。先生たちが生徒に寄り添っている様子が会話からわかるし、生徒を見下したような話が全然出ないと言っていただき、とてもうれしく思いました。)
 昨年の5月頃から、新庄中ではグループ学習を始めました。その時驚いたのは、生徒同士の関係が悪くてグループでの学び合いができないところが多数あったことでした。それから少しずつ学び合いができるグループが増えてきました。先生が説明するだけの授業では、生徒どうしのつながりはなかなか生まれません。グループで一緒に問題を考えたり、一緒に活動することで生徒どうしのつながりができてきます。それができて初めて「温かさ」が生まれます。全クラス、全グループで学び合いや支え合いができたなら、新庄中はもっと温かい学校になることだろうと思います。
 また、新庄中では、授業だけでなくさまざまな活動の中で、生徒同士が一緒に協力して活動する中から、生徒どうしの良い関係をつくろうとしています。

 「校長室通信」の19号で、「子どもは、三つから養分を得て成長する」ということを紹介しました。三つというのは、「家庭」「地域」「学校」です。この三つから養分を得ている子たちは、問題を起こしにくいし、問題が起きてもそれを通して成長していけるのではないかと思います。そのために、地域の方と学校をつなげていきたいし、家庭と学校をつなげていきたいと考えています。「感謝の集い」で地域の方を招待したり、「指首野川河川公園を愛する会」の方々との協同活動をしているのはそのためです。

 今行っている新庄中の取り組みが、十分なものだとは決して思っておりません。私たちが把握できない情報や生徒の心の動き等は当然ありえます。
 そこで、お子さんのことでご心配なことがありましたら、ぜひ担任や主任の先生にご相談いただければと思います。「家庭」と「学校」の両方から生徒が養分を得ることができるようにしてきたいものです。
 新庄中がさらに「温かい学校」になりますよう、ご協力のほどよろしくお願いいたします。
 第33号〜2014/01/21〜
 「雪とパイナップル」(鎌田 實 著)という本を3冊準備できたので、3年各クラスの女子から一人一人に順番に読んでもらっています(20分程度で読める本です)。
 この本は、チェルノブイリ原発事故のために白血病になった子どもとまわりの人々のことが書かれています。この子の治療にあたった鎌田先生の思いがつづられていて、人が「よく生きる」ということはどういうことなのかを考えさせる本だと思います。誰かが誰かのためを思う優しさや、誰かのために行動することのすばらしさが書かれています。普通の人でも、こんな生き方ができるんだと感動しました。
 本の中に、「家族なんかなくてもいい。いや、あったほうがいいけど、なくてもいい。でも、家族のようなつながりは欲しい。」という言葉が出てきます。あらためて、私たちは、人と人とのつながりの中で生きている、生かされているように思います。
 まだ、読んだ3年生はわずかですが、卒業までは全員読んで欲しいと思っています。ほんの少しでも心に留めて、高校に行って欲しいと願っています。
幸せってなんだろう?                                            
 総合の時間を使って、1年生と「幸せってなんだろう?」をテーマに授業をしています。
 授業で使ったのは、新聞広告クリエイティブコンクールで優勝した広告です。このコンクールのテーマが「幸せ」でした。この広告には、「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。」という文がついています。テーマが「幸せ」にもかかわらず、どうしてこのような広告を作ったのだろうということから、「幸せ」を考えてもらいました。授業の最後に「あなたにとって、『幸せ』って何ですか?」「どうすれば、『幸せ』になれると思いますか?」ということを一人一人の生徒に書いてもらいました。素敵な文章がたくさんあったのですが、一つだけ紹介します。

◆私にとっての「幸せ」とは、家族や友だちといつも通りに暮らすことができることです。安全に、みんなと助け合いながら生活できることが幸せだと思います。
 世界には、何億人という人が住んでいます。もちろん、みんなが365日いつも幸せということはないと思います。しかし、一人一人、自分の幸せを見つけて、どんなにつらくても、苦しくてもその幸せをつかむことができるまでがんばっていると思います。幸せになるには、それぞれのやり方があると思いますが、とにかくひたすらがんばることが大切なのではないかと思います。だれかが幸せになるということは、反対にだれかが、いやな思いをするということを忘れず、一人一人が幸せになれるよう努力するのがいいと思います。
 みんなの幸せがどのようなものかは私にはわからないです。けど、自分がやったことが本当に良かったのか、よく考えることが大切だと思うので、一方的に「めでたし、めでたし」にして終わらせないように生活したいです。◆

 1年生の子たちとは、もう少しこのことを考えていく予定ですが、他の学年の子たちにも、さまざまな機会を捉えて、「幸せ=よく生きる」ということを考えさせていきたいと思います。
 第32号〜2014/01/07〜
 1月6日、登校してきた生徒たちの表情はなかなか良かったと思います。笑顔で登校する生徒が多数いました。1校時に行われた集会でも、たいへん落ち着いていて、私の話でも顔をしっかりあげて話を聞いてくれる子が多かったです。保護者の方に見ていただきたいなと思う集会でした。
 集会で話した内容は、次のとおりですが、お正月に読んだ鎌田實先生(諏訪中央病院名誉医院長)の本は、改めて「人が生きる」とはどんなことなのかを考えさせられました。鎌田先生が、諏訪中央病院に赴任したとき、病院の経営は赤字続きだったそうです。その時、効率を重視するのではなく、訪問治療や病気にならない健康づくりなどを通して、温かい医療を続けていったら病院経営が黒字になったということです。鎌田先生の、○(正しいこと)と×(正しくないこと)の間にある、○に近い△を生きるという考えは、知恵のある賢い人の生き方のように思います。
 生徒たちが「賢く」なるよう、そういう生き方が大事だと考えることができるようにしていきたいと思います。
1月6日の集会で話したこと                                            
1月6日の集会で次のようなことを話しています。(前号同様これも予定稿の内容です。実際に話した内容と違う部分もあります。)

 あけましておめでとうございます。良い正月が過ごせたでしょうか?
 私は、毎日のように雪投げをしていました。それから、本を7〜8冊読みました。その半分は、鎌田實先生という長野県のお医者さんが書いた本を読みました。生き方を考えさせる本でした。ここに「雪とパイナップル」という本がありますが、3年生には、ぜひ卒業まで読んで欲しいと思っています。賢く生きるということがわかる本です。
 年末に、みんなには、賢い人になってほしいと言ってきました。なぜそんなことを言うかというと、新庄中を温かい、居心地のいい学校にしたいからです。他の人のことを考えない、まわりの人から助けられてもわからないので感謝しない、そしてそういう自分であることがわからない、そんな幼い人が多ければ、温かい学校にはなりません。
もう一つみんなに賢くなってほしいと思う理由は、今の世の中、賢い人が少なくなって、ギスギスした社会になってきていると思うのです。
 10年以上前になりますが、東京築地にある聖路加病院のお医者さんで、細谷亮太先生という方のお話を聞くことができました。この方は、山形の西村山出身の方で、小児科の先生をされています。子どものガンなどの難病にずっと携わってこられた方です。白血病などの幼い子どもの死をたくさん見てこられた先生でもあります。
 この方の講演の中で印象深いのは、「最近、小児科になりたいという医者が少なくなっている。それは、親が難しくなってきているから。例えば、肺炎になった子どもが病院に来る。昔の親は、『私が不注意だったので・・・』と言うことが多かった。そんな時、私たちは『よくあることですよ。だいじょうぶですよ。』という話をして治療に入ることが多かった。ところが今の親は、『早く治せ。』『医者のくせに何やってるんだ。』というようなことを言うような時代になった。そのため、子どもの医療に携わりたいと思っても、小児科医はたいへんだと思い、志望する人が少なくなった。」という話です。
 「医者のくせに何やってるんだ。」と言う親の方は賢くないと思いませんか。そういう方は、お医者さんが一生懸命やっていることがわからない人のように思います。子どもを治そうと一生懸命治療されるお医者さんに、心から感謝の言葉を述べることもないでしょう。また、そういう自分自身に気づかないのではないでしょうか。相手のことを察することができない、感謝の言葉を言えない、自分自身の至らなさに気づかない、まさしく賢くない人だと私は思います。
 「私が不注意だったので・・・」と話される親御さんはどうでしょう。お医者さんから「よくあることですよ。だいじょうぶですよ。」と言われてほっとすることでしょうし、親御さんとお医者さんと気持ちがつながっていい治療ができるように思います。きっと、子どもさんが治った時は、心からの感謝の言葉を言ってくれるのではないでしょうか。私は、こういう親御さんは賢い生き方をしているように思います。
 みんなは将来、「医者のくせに何やってるんだ。」という親になるのでしょうか、それとも「私が不注意だったので・・・」という親になるのでしょうか。
 ここ30年、40年ぐらいで、賢い生き方をしない人が増えてきました。自分さえよければいいという人、相手のことを察しようとしない人、相手が悲しんでいることがわからない人、自分自身の至らなさに気づかない人、そんな人が増えていると思います。
 そのために、社会全体が、ギスギスした社会になってきているように思います。私は、とても心配しています。
 でも、最近、もっと助けあいましょう、支え合いましょうという温かい人が増えているようにも思います。今話した細谷亮太先生や鎌田實先生など、そういう人だなと思いますし、生き方がとても参考になります。有名な方だけでなく、特に東日本大震災の後、他の人とつながって生きていこうとする人、賢い人が増えてきているように思います。賢く生きるというのは、人生を深く生きることだと思います。
 繰り返しますが、みんなには賢い人になってほしいと思います。みんなが大人になったとき、賢い大人になっていてほしいと思います。そうすると、社会全体がギスギスした社会ではなくなることでしょう。
 まずは、新庄中を温かい学校にしていきましょう。どうかよろしくお願いします。
 第31号〜2014/01/06〜
 あけまして、おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
 12月末の授業参観期間に学校に来ていただいた保護者の皆様、誠にありがとうございました。来校された方は少数でしたが、時間を割いて学校の様子を見にきてくださったことに心から感謝申し上げます。
 保護者アンケートの中に、3年生を心配する声がありましたので、このような企画をさせていただきました。校長として心配したのは、一生懸命やってきた子たちの努力や思いが認められないで、悔しい思いをする生徒が出てこないかということでした。そのためには、生徒たちの日常の様子を見ていただくのが一番と考えました。
 1月以降も、いつでも授業参観に来ていただければと思います。また、2ヶ月以上先になりますが、3月12日を「いのちの日」として、4校時に授業(道徳が中心になります)、5校時に渡部泰山先生の講話の時間をとります。この日は、授業参観日として、都合のつく方に来校いただければと考えております。後日、案内を出させていただきます。保護者の方々と一緒に、「いのち」について考える日になればいいなと思っています。
まとめの集会で話したこと                                            
 12月26日の集会で次のようなことを話しています。特に3年生には、残り3ヶ月の中で「賢い人」が増えるように期待していきたいと考えています。お子さんと「賢さ」ということについて話題にされてはいかがでしょうか。(以下は予定稿です。実際に話した内容と違う部分もあります。)

 前の集会で、本当に頭のいい人というのは、まわりの人を幸せにする人で、そういう人にみんなにはなって欲しいという話をしました。覚えているでしょうか?今日は、まず、なぜそんな話をしたかを話します。
 10月30日に、公開授業研究会を行いました。170名以上の先生が集まったこの研究会では、参観された他校の先生方から、新庄中すごいねと言われています。だから、みんなには胸を張ってほしいと思っています。ただ、その時に、講師で来られた佐藤学先生という方、この方は午前中に全部のクラスの授業を見て、みんなの様子を見た先生ですが、新庄中の良さを十分認めた上で、「2年生と、3年生幼いね。」ということを言っておられます。「幼いと、高校行ってから伸びないんだ。」とも言っておられます。
 この言葉の意味をずっと考えていました。「幼い」ということは、自分中心の考え方しかできないんだと思います。「賢い人」の反対側にいる人が「幼い人」ではないかと考えます。
 では、具体的に「賢い人」「まわりの人を幸せにする人」とはどんな人なのでしょうか。
 一つは、思いやりの心をもっている人だと思います。相手のことを察することができる、相手のことを思いやることができる、そういう人だと思います。「幼い人」「自分のことしか考えられない人」は、まわりの人のことを考えることができないので、よくトラブルを起こします。
 二つ目は、感謝する心をもっている人だと思います。「ありがとう」を言える人だと思います。まわりの人が自分にしてくれることがよくわかる人、だから「ありがとう」と言えるのだと思います。「幼い人」は、まわりの人が自分にしてくれることがわかりません。だから「ありがとう」と言えません。
 三つ目は、自分をふりかえることができる人だと思います。自分がこれでいいのか、常に自分をふりかえり、自分の至らなさに気づき、自分を変えていくことができる。ところが「幼い人」は、自分をふりかえることができません。自分は今の自分でいいと思っているので自分の至らなさに気づきません。
 みんなには、「幼い人」から「賢い人」になって欲しいと願っています。「思いやりの心」「感謝する心」を持って、「自分をふりかえることができる」人になって欲しいと思います。来年、そういう人がたくさん増えることを期待します。

  
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